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司馬遼太郎の合理主義と乃木希典について。「司馬遼太郎」で学ぶ日本史を読んでの感想①

 

「司馬?太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517)

「司馬?太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517)

 

 こんな本を読みました。磯田さんも司馬遼太郎も大好きな僕としてはマストバイってやつでした。

中身も非常に良くて歴史を学ぶ意味を再認識させてくれた本でした。

 

本当に面白い本で、この本から考えたことはたくさんあるのですがまずはこの本を読んでからの乃木希典司馬史観について書きたいと思います。(とは言ってもまだまだ凝り固まった考えがあるわけでもないですが。)

 

まずは司馬文学を読む上でかかせない司馬史観。これの説明が必要で、この本も司馬史観を理解していないと理解が難しいです(本の中でも十分説明してくれていますが)。

はてなダイアリーによると、

歴史小説家の司馬遼太郎の一連の作品に現れている歴史観を表した言葉*1

端的に言えば「合理主義を重んじる」ということが前提としており、それは大戦期に戦車将校として軍の中にある様々な非合理を見たことから来ているとされる。

具体的には「明治と昭和」を対置し、「封建制国家を一夜にして合理的な近代国家に作り替えた明治維新」を高く評価する一方で、昭和期の敗戦までの日本を暗黒時代として否定している*2

そして、合理的で明晰な思考を持った人物たちを主人公とし*3明治という時代を明るく活力のあった時代として描いた。

かくて、戦前のすべてを悪しきものとして否定する進歩史観が猖獗を極めた戦後日本にあって、司馬作品のみならず司馬史観もがもてはやされたのは容易に理解できるところである*4

 

 とのこと。

合理主義を重んじる、その原因としては司馬遼太郎自身が第二次大戦では戦車将校として満州で戦った経験があるからでした。司馬遼太郎第二次世界大戦についてはボロクソに書きます。実際にその時代の作品を残したわけではないのですが様々な作品の中で批判しています。

 

戦争体験を持つ司馬さんは「なぜ日本は失敗したのか」「なぜ日本陸軍は異常な組織になってしまったのか」という疑問から、その原因を歴史の中に探りました。明治近代国家は、王政復古を掲げて徳川幕府を倒して成立しましたが、では徳川幕府の成立に目を向けるとどうだったか。司馬さんは、それが濃尾平野から生まれた天下人である織田信長豊臣秀吉徳川家康という、いわゆる三英傑が作り上げた、のちに「公儀」と呼ばれる権力帯を受け継いだものだと気づきます。

本の構成としては、ここから戦国時代の話に入ります。後に幕末の話になりますが、僕個人として最も興味深かったのは司馬遼太郎が合理主義を重んじており、不合理を嫌っていたという内容でした。

確かに思い返してみれば、その通りだなーと思うその一方で意外と不合理な人好きじゃないか?と思う点もあります。

"竜馬がゆく"の中で不合理の代表とも言える来島又兵衛への描写や薩摩藩寺田屋事件の描写等は非常に上手で、熱が入っており、とても嫌っているとは思えません。

来島又兵衛有馬新七、または切腹という非常に不合理な行動の持つ潔さについて、司馬遼太郎は好感を持っていたと思います(そうでなければあんな小説は書けないはずです)。

 

とりあえず、不合理な人物全てを嫌うわけではなさそうな司馬遼太郎ですが乃木希典についてはボロクソに評しています。

おそらくそれは第二次大戦中の不合理の世界は乃木希典に直結しているからだと考えたのではないでしょうか。実際の乃木希典天皇と殉死するほど天皇に忠誠を誓っていたので暴走した軍部と同一視するのは少しおかしい気もしますが日本陸軍乃木希典軍神して崇拝していました。

それもあり、司馬遼太郎乃木希典のことを愚将と称していますが、天皇への忠誠心やセテッセルとの談話等から見る人物像としては一定の評価をしているように思えます。

本の中で、ナショナリズムパトリオティズムという比較がされます。国家主義愛国主義と訳されていますが、僕なりの解釈で言うならば前者は「自分都合の愛国心」で後者は「純粋な愛国心」だと理解しているのですが、乃木希典ナショナリズムではなくパトリオティズムだと思います。

 

ただ、ここからは自分の中で判断が難しいところなのですが乃木希典パトリオティズムだとした場合、第二次大戦で命を落としていった人たちはどこまでがパトリオティズムでどこまでがナショナリズムだったのでしょうか。

一般市民含めて、後期は異常なナショナリズムだったことは間違いないと思いますが、一方で国のために忠義を尽くすという考え自体はパトリオティズムだと思います。宮城事件や二・二六事件は典型的な暴走だと思いますが、維新志士たちと変わらないパトリオティズムを持っていた兵士たちも相当いたのではないかと思います。

それらの兵士たちについては良く描くことも悪く描くこともできなかった司馬遼太郎が矛先を向けたのが乃木希典だったのではないかと、そういう考えに至りました。

 

この辺については確たる考えがあるわけではないのでこれからも自分なりの答えを探していきたいなーと思っています。

 

なんかすごく真面目に書いて頭痛くなったのでパピコ食べてきます。

 

 

では。