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田舎で働く社長のブログ---都会に移転しました---

会社を作ってみました。会社や個人をPRする気は全くなく、ただ自分の思ったことのアウトプットの場としてブログしてるっす。

ハンセン病差別のニュースを見たのですが石田光成と大谷吉継のエピソードを思い出す。もっとかっこよく生きようぜ!と。

てきとーなこと

headlines.yahoo.co.jp

簡単に言うと

治る病気であるにもかかわらず全体の77%が「病気への差別や偏見がいまだにある」としており、社会の理解が十分に得られていないことがうかがえる結果となった。 

 というニュースです。

これはハンセン病だけに限りません。例えば今でもアトピーをうつる病気だと思ってしまっている人もいます。実際に、保育園なんかではアトピーの子と遊ばせるのを止めるように言う親もいるとか。

 

このニュースから学ぶことは、正しい知識を得ないで差別するのは良くないとってことですが、僕はそういうんじゃなくてもっと単純にかっこよく生きようよって思います。

 

戦国武将で大谷吉継という人がいます。関ヶ原で負けた石田光成の親友で、この二人が親友になったエピソードがかっこいいんです。

大谷吉継は戦がものすごく上手で異例の出世を成し遂げます。異例の出世をした同士、石田光成とも元々仲が良かったようですが、その友情はある茶会の席でより一層強まります。

 

大谷吉継は、皮膚病(ハンセン病の可能性が高かったとされています)を患っていたといわれています。

茶会では、同じ茶碗を順番に回して飲んでいきますが、大谷吉継が飲んだ後は他の武将達は飲むフリをするだけで飲もうとしませんでした(ハンセン病は感染力が高くない病気です)。

というのも、大谷吉継が飲んだ際に顔から膿が落ちてしまったからだと言われています。

 

そんな中、石田光成の順番がきました。大谷吉継としては、友人の石田光成が飲むのか祈るような思いで見ていましたが、普通に飲み干し『おいしいので全部飲んでしまったからもう一杯茶を注いでほしい』と言ったそうです。

それ以降、大谷吉継は石田光成に惚れ込みます。

 

豊臣秀吉の死後、徳川家康と石田光成が対立します。一般的に軍勢としては西軍の石田光成の方が多かったとされていますが、西軍はそもそも戦う理由があまりないため実際に兵を動かしませんでした。対する東軍は家康の昔からの家臣もたくさんいます。そして何より石田光成という人間はインテリでいわゆる文官だったため、武官が多いこの時代では嫌われていました。そのため、本当に一緒になって戦ってくれる仲間が少なかったといわれています。

戦上手の大谷吉継はそれも見抜いていたようなのですが、石田光成に惚れ込んでいるため必死で戦ったと言われています。

 

なんか良いですよね!

例えば電車で赤ちゃんが泣いていたとして、確かにちょっとうるさいな、と思ったとしてもそういうのを顔に出すのってかっこ悪いじゃないですか!

お母さんが申し訳なさそうにしてたならもちろん、そうじゃなかったとしても顔に出すのってかっこ悪いと思うんですよ!

 

電車に乗ってて大きい荷物を持っている人がいたら迷惑だなって思ってもそんなの気にしないでいきましょうよ!自分だってそうなる可能性あるんだし。

 

まーでも電車で臭い人が乗ってきたら僕は一瞬で他の車両に逃げますけどね。

 

ではでは。