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田舎で働く社長のブログ---都会に移転しました---

会社を作ってみました。会社や個人をPRする気は全くなく、ただ自分の思ったことのアウトプットの場としてブログしてるっす。

片岡英彦さんが長谷川豊さんをdisる。まーた長谷川さんは過激な意見を言って炎上を楽しんでるのか!と思ったけど僕的には長谷川さんに一票だった件。

てきとーなこと

 

 

blogos.com

 

↑こんなタイトルのブログを読みました。片岡英彦さんのブログは筋道もわかりやすくて非常に良いブログだと思っているのでこのタイトルの時点で「まーた長谷川豊さんが炎上させるために過激な発言してんのかー。」と思っていました。

 

で、一応両方のブログを読んでみたのですが今回に関しては僕は長谷川さんの内容が合っているように思いました。ただとにかく意見の対比として非常に面白いので2つとも読むことをオススメします。

 

 

片岡さんが長谷川さんのブログを以下の様に要約しています。

筆者の意見を要約すると以下の流れとなる。

「A君自身の問題」=「いじめ(こう呼ぶかどうかは別として)られるのは無理もない。」=「自殺した人間も、非難されるべきです。」

自死を選択をせざるを得なかった者の立場には全く立っていない。

 

 たぶんここが違うから(少なくとも僕の理解とは)ずれてしまったのだと思います。

 

長谷川さんの意見は3つ

 

一つ目に、「本当にいじめか?」という点です。

(略)

二つ目に「それはイジメの範疇なのか?」ということです。

(略)

 三つめはイジメられたからだと言って、自殺した人間を考えなしにフォローすべきではありません。

↑こう。

 

1点目に関しては、いじめられる側にも問題があるだろうという長谷川さんの意見に対して片岡さんは

長谷川さんが想定する、下記のような性格の特徴をもった者が実際にいたとする。

そのA君は話しかけてもネガティブなことしか言わない

イジワルな反応しかしない

やる気もない

思いやりもない

会話は自分の興味ある話しかしない

みんなの会話の流れも全部止めてしまう

「変わり者」かもしれない。人を不快にするかもしれない。何らかの精神疾患発達障害のある子どもかもしれない。あるいは、単にそういう印象を周囲に持たれがちな、誤解されやすい性格かもしれない。「そういう人」が「そういう人」として自死を選択せず生きていけることが何より大切だ。

「こうした性格は、本人の問題だから、これは、いじめではない」そんなことでいいのだろうか?

と言っている。

僕が思うにここが大きな相違点。

片岡さんは、人を不快にするかもしれない変わり者でも自死を選択しないでいられることが重要とおっしゃっています。

 

ここでずれがあって、ひとつめは長谷川さんは変わり者だからいじめられると言っているのではないしもちろん精神疾患の話は出していない。何言ってもネガティブなことしか言わないし思いやりがない人のことは誰も積極的に好きになろうとしないんだからソイツとは会話したくないと思うはず。で、結果として消極的に仲間はずれになったことに対して、そのネガティブ君は「いじめだー!」と言うだろうけどそれって本人の問題もあるしいじめって呼ぶべきものではないんじゃないの?

という意見。

 

僕はここでは長谷川さんに賛成。ネガティブだとわかりにくいけど、小学生なんかだとやたらと悪口を言いまくる奴っていますよね。そういう奴って中学とかになると多くの場合嫌われるんですよ。そこでそいつを積極的に"いじめ"るのはよくないと思うけど、こいつといても楽しくないから遊ぶのやめよー、と思う人は多いと思うんです。

それをいじめと呼ぶかって難しいよね!って僕は思います。

 

「それはイジメの範疇なのか?」という点に関しては長谷川さんの意見もわかるけど片岡さんがおっしゃっている

自分の子ども(あるいは生徒)が、殴られる、蹴られるようなことがあった場合、私はすぐには警察に通報しない。まず学校(教師)に連絡する。結果的に警察に通報していれば、命が助かったかもしれないというのは、後出しジャンケンとしてごもっともである。しかし、警察に通報しなかったという、そのことをもって、「一般論として」親や学校の責任を問うのは違う。

 

という意見は賛成できるけど、今回の岩手の事件に関しては「暴行を周囲で見ていた」人間たちにも責任はあると僕は思います。たぶんその多くは今は後悔していると思うけど。

 

そして最後の

自殺した人間を考えなしにフォローすべきではありません。

これは僕は大賛成です。

かわいそうなのは十分にわかるんだけど自殺した子供をテレビなんかで賛美してしまうと、「自殺すればいいんだ!!」という選択肢が子供に生まれてしまうということがよくないと思います。

 

僕の子供が仮にいじめられていたら僕は喜んで引っ越します。海外でも構わないし。

いじめに対して強く抵抗するなんてのは強くなった気でいる大人のエゴで、子供ならきっと逃げるでしょう。でも転校なんてできないから登校拒否するか自殺するわけで。

 

だったら遠くに転校しちゃおうよ!!

そんな映画が流行ったらいいなーと思いました。

 

では。