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田舎で働く社長のブログ---都会に移転しました---

会社を作ってみました。会社や個人をPRする気は全くなく、ただ自分の思ったことのアウトプットの場としてブログしてるっす。

粉飾の東芝の経営陣と徳川慶喜を一緒にするのは抵抗があるけど悔しいけど結構合ってるね。あ、粉飾じゃなかった、不適切な関係byモニカ・ルインスキーでした。

ビジネスとか企業について

setsuyaku.ceo

 

東芝の不適切会計という言葉を耳にするとどうしてもモニカ・ルインスキーさんを思い出してしまいます。

appropriateという英単語はあのニュースで覚えました。

 

さて、東芝の粉飾はすごいなーと思うものの多かれ少なかれあーいうことをしている経営者は多いのではないかと思っています。実際僕の前職もあの規模ではないですが中々の粉飾をしていてやばくなって僕は辞めました。

粉飾って、どっかで取り戻せると思ってやっているんでしょうけど実際にはそんなこと無理で問題を先送りにしているだけでいつかばれるんですよね。オリンパス東芝も自分の代ではばれなかったどー。って思ってその後やっぱりばれたんですよね。

このタイミングで東証とかが再検査しろーって各上場企業にアナウンスすれば結構な数の粉飾が出てくる気がします。

 

まーそれはさておき、僕は歴史が大好きです。日本史だとやはり明治維新らへんがすごく好きで勝海舟が一番好きです。

徳川慶喜も好きです。嫁が高橋由伸のファンなので息子にヨシノブって名付けようとしたくらいです(結局嫁が自分の息子をヨシノブと呼ぶには抵抗があるとのことで却下に)。

 

もちろん歴史というのは資料によって捉え方が違うので一概にこういう人物だと決め付けるのは正しくはないのですが徳川慶喜東芝の経営陣を一緒にしないでよーと少し思います。

 

ただ、この記事で言及している

 

 彼がリーダーとしてとった行動、それは現場に残る部下たちに「1000兵が1兵になったとしても逃げずに戦え」と一言だけ命令を下し、大阪港から自分の腹心達(親藩の大名)や愛妾を連れて江戸(東京)へ逃げ帰るというものでした。

 

この部分に関しては、実際事実ですし慶喜の最大の汚点だと思います。一応言い訳としては錦の御旗を掲げた薩摩に対して戦うことは天皇に刃を向けることと同じと考えたから逃げたというのもあります(部下見殺しにすんなよというツッコミはごもっともですが)。

 

慶喜のこの後の行動は素晴らしい。

 

徹底抗戦派を抑え、自分は謹慎し和平派の勝海舟に全権を任すことになります。

この結果、江戸は全面戦争を回避することができ、欧米列強からの植民地化も免れることができました。

 

そんな中、東芝の経営陣も辞任をしたので悔しいかな少し似てきてしまいました・・・。

 

ただ、慶喜を擁護するためだけに言うなれば、

慶喜は諦めることによって日本を救うことができた。

(国力の疲弊を防ぐための高度な政治判断 by るろうに剣心

 

東芝の方々は辞めればウヤムヤになると思ってるっしょ。刑事事件とかになれば別だけどなんか今のところならなそうだしそれで終わりーってなりそうじゃないか!

 

冒頭の記事は結構合ってる気もするけど慶喜はもっと優秀な面がたくさんあったんだい!と言いたい。

 

では。